60年代

1960 第4代理事長 渡辺 恭三

1960

 

会費も乏しく、やりくりが苦しいために計画もほとんど座礁してしまった。盛岡JCがスポンサーとなり素朴ながら2度目の認証式を行った。会員数35名での再スタートとなった。借入金も返済し次年度へバトンタッチした。

 

1961 第5代理事長 平賀誠之助

1961

 

赤字を解消して、初めて花巻青年会議所基金を計上することができた。一関で行われた地区大会に大挙して出席。これが対外的な活動の始まりだった。

 

 

1962 第6代理事長 平賀誠之助

1961

 

岐阜で開催された第11回全国大会に出席。

 

 

1963 第7代理事長 小田島 實

1963

 

無医村診療活動、青少年教育問題を考える年として、市内豊沢部落に無医村診療を開設した。また、文化面でも毎月1回勉強会を行った。水沢JCの認証式を担当した。理事長がシドニー国際会議に参加した。

 

 

1964 第8代理事長 高橋 文吉

1964

 

東北地区協議会に積極的に出掛けた。また、全国組織にも目を向け、花巻青年会議所の存在を知らせた。自衛隊に1日体験入隊を果たした。理事長が初のJC個人賞に輝いた。

 

 

1965 第9代理事長 高橋 光三

1965

 

第5空軍黒人ジャズバンドによる、第1回日米ジャズフェスティバルを開催し、益金を花巻市に寄贈した。市民会館建設運動や交通指導に協力して対外的に表彰された。公的な役職に花巻JCから必ず一人代表を送るようになった。

 

1966 第10代理事長 佐藤日出見

1966

 

第2回日米ジャズフェスティバルの益金を文化会館建設の一部として花巻市に寄贈した。社会開発事業のアンケート調査に着手。若手会員を対外的活動に積極的に参加させる方向に向かった。京都でのJCI世界会議に10名近く出席した。

 

1967 第11代理事長 二之湯隆夫

1967

 

「コミュニティ・デベロップメント」を旗印に、青年らしい感覚と角度で地域社会にJC運動をと、昭和32年に燈された細やかな灯を、巨大なエネルギーの灯として、創立10周年記念式典が盛大に行われた。この年、社会開発委員会が設立された。

 

1968 第12代理事長 瀬川 忠吉

1968

 

JC10周年後の再スタートの年。会員のより強い「和」、自己人間開発と社会開発の2本の柱を中心に事業計画が進められた。例会には、評論家の江藤淳氏、元日本JC会頭辻兵吉氏のほか、多くの大物ゲストをお招きし、JCの再認識とレベルアップを図った。自衛隊の1日体験入隊。市民アンケート調査を始めた。

 

1969 第13代理事長 小田島孝四郎

1969

 

日米安保条約自動延長のこの年、日本の安全と防衛をテーマに政治討論会を開催した。市民アンケート集計編纂「明日のかけ橋」の発行、交通安全パレードへの参加など、市民の中のJCを確立した。釜石へJC拡大交渉を開始した。